歌人の小島なおさんのエッセイに書かれていたこと。
「言葉には賞味期限がある」と。
「もう取り戻せない言葉や、取り返しのつかない言葉たちのことを時折思う」と。
そこで小島さんは、亡きおじい様と最後に会ったときの会話のやりとりを書いておられるのですが、それをきっかけに、私も思い出したのでした。
母方の祖父の、まさに最期のとき。
肺炎で入院、いよいよというその時に付き添ってくれていた伯母から、電話があったのです。
「おじぃちゃん、もうこれが最期かも、耳元に携帯を持っていくから、いい?話して!」…そう言われて仰天し、生まれて数か月の息子を抱きながら…。戸惑って何を言ったのか、正確には思い出せないのです。
でも、今でもはっきりとよみがえるのは、その時の祖父の息づかい。はぁ、はぁと。苦しそうで、なのに、私の言葉にうなずいてくれている感覚をおぼえた…そんなやりとりでした。
熱が高かったのか、息苦しかったのか…。
「穏やかな人」の代名詞のような、祖父と言えばそういう人でした。だからその最期にまで感じさせてくれた優しさに、つくづく祖父という人を感じます。
確か私は「もう少し暖かくなったら、子供たちを連れて行くからね!待っててね!」というようなことを言ったのです。
そんな、最期になるかもしれないという時に。
今もう一度言えるなら「ありがとう」って言いたかったなぁ。
いつもしゃんとそこにいて、静かにみんなを守ってくれる、そんな存在だったおじぃちゃんに。
「言葉には一度きりの大切な瞬間がある。
渡したい言葉が相手に届くことは当たり前ではない。
言葉は生ものなのだから。」
…小島なおさんのメッセージに、しみじみと納得でした。