スペインのサッカーチーム、ウエスカ所属の岡崎慎司選手。
そのコラムには、読むたびに考えさせられています。
私はサッカーのことはよくわかりませんが、岡崎選手が不調であることは、コラムから伝わります。何せタイトルが「満身創痍」、いえ「満身創意」!この当て字、心にくいですよね!!
うまくいかない現実と、そこをむしろ客観的に見る姿勢。
チームに貢献している自負はあるけれども、ベンチスタートや先発しても途中交代が続くと「自分の仕事が評価されていない」と落胆する、と。
プロになるなんて、想像を絶するほどすごいことなのに、そうなったらなったで、その中での競争にもまれていく。高みを目指すと、そこは終わりなき挑戦なのですね。
ウエスカの監督は英語が、岡崎選手はスペイン語が話せないのだとか。
だからお互いに深い話ができない、と。でもそこでいいな、と思うのは「もし、話ができてしまったら、理解を求める言葉をあれこれ重ねてしまうかもしれない。」「言葉ではなくプレーで、結果で、立場や評価を変える。それがこの仕事の醍醐味だ」と。
仕事の醍醐味。サッカー選手という「仕事」の醍醐味が、そこにあるとは。
葛藤している人だからこそ、そう思えるのだと思います。
「受け流す能力が鍵になる」
・・・岡崎選手が、精神科の先生に言われた言葉だそうです。
とにかく練習に行く。そして、昨日までの現実を受け流す。
「受け流すこと」。これって大事だなと。私自身も最近、感じられるようになったのです。私は今、40代前半ですが、人生において役割が集中してくる時期って、あるのだなと思います。先輩方、どうでしょうか?そういう時期ありませんか?
決して望んでいないし、手も挙げていない、だけど、幸いにとらえれば求められて、役割が増えていく。結果、不器用な私はパンク寸前状態です(笑)。
自分なりには、1つ1つを、これ以上できないところまでやっている。でも、パンパンなので、ミスとか忘れることが目立ってきてしまう。
それを1つのところで関わっている人から見れば、「ケアレスミスの多い人だな」と捉えられてしまっていると思うのです。最初はそれが、気になって仕方なかった。
言い訳したかったです。「私、このことだけをやっているわけじゃないんです。仕事もあって、あれもやってて、これもやっていて・・・」って。
そこだけを見て、私という人間を評価されたくなかった。まぁ、なんてちっぽけな見栄でしょう(笑)。プライドなんてかっこいいものではなくて、もっとなさけない感情でした。
でもそれが、気にしていられなくなってきたのです。一つには、忙しすぎるから(笑)。
なんと評価されようが、自分で「これ以上はもう、無理~!」っていうところまでやれているんだったら、いいじゃないかって。
それがまさに「受け流す」感覚でした。
なんというか、相手からの視線とか、捉えられ方は別にもう、勝手にしてください!って。
それよりも、自分がどこまで「よし♪」と思えるか、自分に〇できるか。
そっちが大事。そこだけを見る。で、あとは「受け流す」!!!
人ってほんと、色んなことを勝手に思ってくれて、勝手に噂してくれるものですね。
岡崎選手とは次元が違いすぎますが、「満身創意」のタイトルを目にした時に、傷だらけになる前に、自分で自分を守っておこうって、思ったのでした。
こうやってどんどん、強くなる今日この頃。。