大江千里さんのエッセイ、半年間続いた連載だったので、楽しみに読みました。その中でも心に残ったもの。「褒められたくて」というタイトルです。
これを読んで、人は人によって活かされ、人への思いによって動き、力を出せるのだということを改めて感じて、あぁいいなぁと思ったのです。
それは大江さんがシンガーソングライターとしてデビューし、注目されていた頃に出会った、名物プロデューサーKさんについて書かれていました。
出会ってまず言われた衝撃の言葉。
「30歳まで君を食わせます。以後のことは知りません」。
そして「君は歌詞が弱いから、映画をたくさん見た方がいい」とのアドバイスをもらい、その言葉に動かされて、大江さんは本当に数々の映画を観て、気の利いたセリフを片っ端からノートにメモして、そのメモをピアノの前に置いて「目に入ってくる言葉から歌を紡いでいった」のだそうです。
そんなふうにして、人々の心をつかむ音楽が生み出されるなんて、思いもしませんでした。ピアノと、メモと、自分の感性を頼りに、うかんだものを音符にしていく時間…一体どんなだろう。すごいなぁと思います。
その後、いよいよ30歳になった時。ご本人曰く「口だけは達者ないけ好かない大人になっていた」そうですが、ニューヨークで録音することになり、悪戦苦闘していた。そこへK氏が現れた。その時のやりとりがすごくいいのです。
「僕は数日このホテルで君のそばにいます。独りで耐えられない時はいつでも相談しにおいで。何もできなくてごめん」と。ニューヨークまで行って、何もしないと言いつつも、それだけ近くで見ていてくれたKさん。
この人に認められたい、その思いだけで動かされたのでしょう。「Kさんに、ええ曲や!と言ってもらいたくて頑張れた」という大江さんはその時、数日で7曲もの歌詞を仕上げ、そうして生まれた『アポロ』というアルバムは、チャートで1位を記録したのです。
「今も誰かに褒めてもらいたくて、作り、走り続けている気がする」という言葉で結ばれたエッセイ。なんとも正直な、そしてその気持ちは誰もの心にあるものだと感じました。
褒めてもらいたい、認めてもらいたい…みんなそうなんですよね。
そしてこのKさんの力。私も日常に人に伴走するという瞬間があります。その人が力を出せるように、どうすればいいか。
すごく考えさせられ、そしてなんとも温かい気持ちになれたエッセイでした。