作家の白岩玄さん。6歳の時にお父さんを亡くされたそうです。「死」というものが理解できず、漠然とした不安を抱えていた、と。
さすがだなぁと感じた表現がありました。それは「世の中が生と死の2つの世界に分かれていて、まわりは生の世界にいるのに、自分だけその両方の空気を吸っている気がした」と。
今では結婚して家庭を持ち、父親でもある白岩さん。大人になってみて、実は、うまく言語化できないから蓋をしてしまった気持ちがあったことに気づくのです。
それは「親父にもっと遊んでほしかった」という言葉でした。その言葉が自分の中から出てきて、「泣きそうになった」時のことが書かれていました。
お父さんの死が理解できず、突然に引き離されたような寂しい気持ちに蓋をしていたこと。そのことに気づいて、しっかりとその思いを感じられた、とても大切な瞬間だったと思うのです。
つらいことや、苦しいことを、人は忘れようとします。そうやって見ないようにして、なかったことにしてしまう。でもそれを思い起こすと、その時とは全く別の感じ方ができるはずなのです。
白岩さんは、今、息子さんの遊びに付き合いながらふと「体の中で父が笑ってくれる」気がするそうです。その感じ方がすごくいいなぁ、真似しようと思いました。